(注)姫君も、いはけなきほどならねば、あざやかに、盛りの花と見え給ふ。あながち心ざしあるまじきにはあらねども、うちつけにふと移らん心はせず、(注)かの寂しき軒端にながむらん有り様は、心にかかるにも、(注)近き仲のあはれはこよなく忍ぶ所まさるにや、涙もこぼれ、寝る枕も濡れぬるぞ、人はいかが思ふと、心づくろひもいつまでかは、とおぼさるるほどに、夏の夜なればほどなく明けぬれば、いそぎ出で給ふを、いかならむと、(注)人々思ひあへり。
(注)行かぬにしるかりし気色のらうたげさは、まづおぼしめし出でらるれば、御硯召し寄せて、文書かせ給ふを、御前の人々、けしうはあらぬなめり、と思ふに、この山里の文なりけり。筆持ちやすらひて、とばかりながめ給ひつる気色、あはれなり。
(兵部宮)心にもあらずへだつる(注)小夜衣かさねし袖のかわくまぞなき
と、さまざま書き給へる水茎の跡、(注)見給ふところには、いとど涙流れ添ふ心地して、
(山里の姫君)小夜衣うつればかはるならひとてうき身にしらる袖の涙を
とばかり、例よりもことば少なく書きたるを、かくと聞きけるにや、と思ふにも、いかばかり、我を、憂し、つらし、と思ふらんと、かなしさもせんかたなければ、また立ち返り、聞こえ給ふ。
(兵部宮)年ふともかはらじものを小夜衣ふかくもおもひそめし色をば
(注)夜半の御供の人々、四位・五位・六位・随身・召次・舎人までも、清らを尽くし、物の色・さまなどもなべてならぬを、「いかめしくし給へる事」とめであひたるに、かかる御使ひのしげさを、「なほ、おぼし捨つまじき心にや」と、憎みあひたり。
山里の御返り事には、
(山里の姫君)ふかかりし色とはいかが頼むべきあさくもそめし小夜の衣を
とばかり、ひきもつくろはず書き給へるうつくしさは、これにまさる人あらじと、いくたび見るともうち置かれ給はず。
重ねもはてぬ小夜衣の浅さを恨み給へるも、ことわりや、心苦しくて、(注)今朝の文は、さしもいそがれ給はぬに、(注)大宮より、「今まで奉り給はず」とて、あながち聞こえ給へば、心ならず、
(兵部宮)ほどもなく明けぬる夜半のつらさをもおなじ心に君はおもはじ
大殿には、今朝の文遅きを、心もとなくおぼしめすに、待ち見給へる心には、めづらしく、なによりも、「御手のうつくしさ」と、さし集ひて、めであへり。
姫君に、「御返り事」とすすめ聞こゆれど、御手のうつくしさに、いかが聞こえむ、とおぼしめせば、聞きも入れ給はねば、母上、(関白の姫君の母)身のうさをおもひしらるる暁は鳥のねともにねぞなかれぬる
とばかり書き給ひて、ひき包みて参らせ給へり。
御返り事御覧ずるに、大人しき書きざま、母のなめりと、なかなか心劣りせんよりは心にくう、とおぼしけり。