その年、(注)裳瘡夏より出でて、人々わづらひけるに、中宮、はじめのたび、さもおはしまさざりけるに、さやうの御気色おはしましける悩ましさにことづけさせ給ひて、九月三日のほどに尼にならせ給ひぬ。さるべきこととは思しめしながら、さしあたりては、鷹司殿の上も、さぶらふ人々もいみじと見たてまつり思したり。①いとめでたき御髪を削ぎ果てたてまつりつれば、異人におはしますも、いみじうあはれなることなり。
九月六日②失せさせ給ひぬれば、言ひやらん方なくいみじ。(注)宮々の幼き御心地どもにも思しまどひ、恋ひまうさせ給へる、いみじうあはれなり。女房、声も惜しまず泣きまどひたる、言ふべき方なし。もの思ふとても、かく(注)心にまかせたるやうなることは難きものを、いとあさましくあはれなり。
(注)宮たちの院に渡らせ給ひしほどはただ今のことぞかし。ⓐ例ならず起きさせ給ひて見たてまつらせ給ひし御ありさまの、涙にひぢて明かし暮らさせ給ひて、ひきつくろはせ給ふこともなかりしかど、御髪のきよらに、つゆもまよはせ給はず、おほかたも重りかにⓑはづかしげなりし御さまになんおはしましける。
よろづに思ひ出でまゐらすること多くて、女房たち思ひまどふ中にも、(注)出羽弁は死ぬべしと、人々いとほしがる。(注)母屋の御すこしまゐりて御膳まゐる。御まかなひは命婦君。左衛門内侍、侍従内侍、出羽弁などやうの人々取りてまゐる。ⓒただにおはしまいしをり、さやうのこと仕うまつりし人々よりは、立ちまさりたる人して仕うまつらせ給ふ。
殿は籠もらせ給はず、(注)大嘗会、御禊などの事おこなはせ給へば、日ごろ過ぎ、のどやかなるしも、もののあはれなることはまさりゆく。「③ものおぼゆる今日いかにせん」とは、まことにぞ。女院、いみじうあはれなることをいとど思しめし、「わが命長きこそ恥づかしけれ。A宮は心にまかせたるやうにこそものし給ひけれ。かく立ち後れたてまつりて、一日にてもあらんと思ひけんや」と思しのたまはす。
かくて、鷹司殿には、ころさへいみじうあはれに、秋の暮つ方、「④あるを見るだに」と、吹く風も身にしみてあはれなり。前栽もやうやう枯れ枯れになり、虫の音も弱りゆき、雁の連れて渡るも驚かれ、(注)七条の后宮の失せ給へるをりに、「荒れのみまさる」と(注)伊勢が言ひたるほどの心地も、かばかりやありけん。